2007年09月29日
波上宮参拝
2007年09月29日
2007年09月25日
2007年09月24日
2007年09月23日
下戸のつまみ好き
2007年09月22日
2007年09月21日
18人の沖縄の作家たち
佐喜眞美術館でコレクション展「18人の沖縄の作家たち」を観た。国吉清尚作品が目当てだったが、3点しかなく少しガッカリ。ゾルゲ事件に連座して獄死した宮城与徳の絵が展示されていたが、3点とも素人に毛が生えた程度の技量しかない。名護博物館かどこかで宮城与徳展があったら改めて足を運ぼうと思う。儀間比呂志は版画よりも油絵の方が好きだ。9月25日〜10月1日にリウボウ美術サロンで開催される「儀間比呂志 油絵と木版画展」が楽しみ。

常設展示されている「沖縄戦の図」を初めて鑑賞した。これまでテレビなどのメディアを通して「沖縄戦の図」を観る度に、心中モヤモヤとした物が湧き上がってきたのだが、それが何なのかわからなかった。しかし今日、集団自決をモチーフにした「沖縄戦の図」「チビチリガマ」その他をじっくり鑑賞して、ようやくモヤモヤの発生源がわかった。無理をすればウチナーンチュ[沖縄人]に見えなくもない顔の人物も1人2人いるが、描かれている人々がことごとくヤマトゥヂラー[大和顔]なのだ。ヤマトゥンチュ[大和人]が感情移入しやすいように敢えてこのように描いたのだろうか。描かれた人々の顔を1人ずつ見つめれば見つめるほど、集団自決は沖縄ではないどこか遠くで起こった出来事のように思われた。

常設展示されている「沖縄戦の図」を初めて鑑賞した。これまでテレビなどのメディアを通して「沖縄戦の図」を観る度に、心中モヤモヤとした物が湧き上がってきたのだが、それが何なのかわからなかった。しかし今日、集団自決をモチーフにした「沖縄戦の図」「チビチリガマ」その他をじっくり鑑賞して、ようやくモヤモヤの発生源がわかった。無理をすればウチナーンチュ[沖縄人]に見えなくもない顔の人物も1人2人いるが、描かれている人々がことごとくヤマトゥヂラー[大和顔]なのだ。ヤマトゥンチュ[大和人]が感情移入しやすいように敢えてこのように描いたのだろうか。描かれた人々の顔を1人ずつ見つめれば見つめるほど、集団自決は沖縄ではないどこか遠くで起こった出来事のように思われた。
2007年09月21日
消防車?給水車?

「那覇水槽1」と書かれたタンクを積んでいて、左後輪の上に普通の蛇口が7〜8個ついている。
「あの蛇口は何だ?」と考えていたら突然、韓国に「ソバンチャ(消防車)」という名前からして垢抜けないアイドルグループがいたことを思い出した。
2007年09月20日
2007年09月17日
北谷の
2007年09月15日
麻婆家で
2007年09月15日
2007年09月15日
2007年09月14日
2007年09月13日
猫カフェ(8/18)
2007年09月09日
あの世のはなし
那覇市教育委員会3階ホールで、古塚達朗氏の講演「あの世のはなし」を聴いた。
沖縄にも鳥葬が行われていた地域があるそうだが、「その場所は言っちゃいけないことになってるから言えません」とのこと。もしかして、今でもこっそり鳥葬継続中なのだろうか?
沖縄にも鳥葬が行われていた地域があるそうだが、「その場所は言っちゃいけないことになってるから言えません」とのこと。もしかして、今でもこっそり鳥葬継続中なのだろうか?
2007年09月05日
沖縄の金細工〜失われようとするわざ・その輝き〜
昨日、浦添市美術館で「沖縄の金細工[クガニゼーク]〜失われようとするわざ・その輝き〜」を観た。展示品の大半(7割以上か)は値札こそついていなかったものの「金細工またよし」の「商品」で、ご丁寧に縦横ともクレジットカードより約1cm大きな三つ折りチラシまで置かれている。「商品」も1つや2つなら「復元品」と見なすことができるが、どれも似たり寄ったりのジーファー[簪(かんざし)]その他をずらりと並べられてもなぁ…いっそのこと、第2展示室の展示品には値札をつけて、展示即売会を催してはどうかと思った。
また、琉歌の書かれた色紙が「商品」近くの至る所に置かれているけれど、その字がお世辞にも上手とは言えないので目障りなこと甚だしい。更に私が浦添市美術館にいた1時間5分のうち50分は、金細工またよしの関係者と思われる人が「あい、マタヨシさん、久しぶり」「あい、ミードゥーサンヤー[久し振りだねぇ](以下略。実はこれ以後のウチナーグチを聴き取ることがほとんどできなかった)」などと、傍若無人に大声を張り上げて延々と話をするのが非常に耳障りでもあった。
しばらく我慢してやっと男性2人の会話が途絶え、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、更なる騒音を撒き散らす人が現れた。このご婦人は他の2人と大声で会話するだけでなく、同じ音量でひっきりなしに独り言を発するため、私はさすがに耐えきれなくなって廊下に出た。そこで嵐が去るのを待ったが、展示室内に高気圧が張り出しているのか、台風ドゥーチュイムニーは第2展示室と第3展示室の間を行ったり来たりするばかりで一向に遠のく気配がない。おまけに迷走台風の常として、勢力が全く衰えない。
うーむ、困ったなと待つこと約10分。展示室内が急に静かになった。台風の目に入ったのかも知れない。とにかく、今がチャーンス!と室内に戻った。しかし、間もなく館内のスピーカーから閉館15分前を告げるアナウンスが音楽と共に大音量で流れ始め、これに負けじと台風ドゥーチュイムニーの勢力が復活。うるさい、うるさい、うるさーい!まさに踏んだり蹴ったり。泣きっ面に蜂。弱り目に祟り目。もうダメだ。私の方が猛烈で非常に大きな台風エーイッターカシマサヨーに発達しそうだったので、第3展示室はザッと観ただけで外に出た。
ま、こんな日もあるさ。



☆☆☆9月6日追記☆☆☆
父曰く、「金細工」をクガニゼークと読ませるのは大袈裟也と。戦前は単にカンゼーク、通称でジーファーヤー[簪屋]と呼んでいた由。また、又吉の近くに同じジーファーヤーの渡嘉敷という家があったそうだ。
また、琉歌の書かれた色紙が「商品」近くの至る所に置かれているけれど、その字がお世辞にも上手とは言えないので目障りなこと甚だしい。更に私が浦添市美術館にいた1時間5分のうち50分は、金細工またよしの関係者と思われる人が「あい、マタヨシさん、久しぶり」「あい、ミードゥーサンヤー[久し振りだねぇ](以下略。実はこれ以後のウチナーグチを聴き取ることがほとんどできなかった)」などと、傍若無人に大声を張り上げて延々と話をするのが非常に耳障りでもあった。
しばらく我慢してやっと男性2人の会話が途絶え、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、更なる騒音を撒き散らす人が現れた。このご婦人は他の2人と大声で会話するだけでなく、同じ音量でひっきりなしに独り言を発するため、私はさすがに耐えきれなくなって廊下に出た。そこで嵐が去るのを待ったが、展示室内に高気圧が張り出しているのか、台風ドゥーチュイムニーは第2展示室と第3展示室の間を行ったり来たりするばかりで一向に遠のく気配がない。おまけに迷走台風の常として、勢力が全く衰えない。
うーむ、困ったなと待つこと約10分。展示室内が急に静かになった。台風の目に入ったのかも知れない。とにかく、今がチャーンス!と室内に戻った。しかし、間もなく館内のスピーカーから閉館15分前を告げるアナウンスが音楽と共に大音量で流れ始め、これに負けじと台風ドゥーチュイムニーの勢力が復活。うるさい、うるさい、うるさーい!まさに踏んだり蹴ったり。泣きっ面に蜂。弱り目に祟り目。もうダメだ。私の方が猛烈で非常に大きな台風エーイッターカシマサヨーに発達しそうだったので、第3展示室はザッと観ただけで外に出た。
ま、こんな日もあるさ。



☆☆☆9月6日追記☆☆☆
父曰く、「金細工」をクガニゼークと読ませるのは大袈裟也と。戦前は単にカンゼーク、通称でジーファーヤー[簪屋]と呼んでいた由。また、又吉の近くに同じジーファーヤーの渡嘉敷という家があったそうだ。
2007年09月03日
宜野座の空(9/2)
2007年09月03日
宜野座の龕[ガン]屋(9/2)
「甦る琉球王朝の音楽 御座楽演奏会」の開演前に以前から気になっていた「宜野座和牛の店カデナ」で昼食を摂ろうと、開演1時間半前の12:30に宜野座村文化センターに到着したが、周辺の食堂は全て(といっても2箇所だけ)閉まっていた。遠くにホットスパーが見えたけれど、宜野座まで来てコンビニ弁当を食べる気にはなれなかったので、時間潰しに会場周辺をぶらぶらした。

村役場裏の緑地を抜けてしばらく歩いたところで「宜野座のガン屋」の説明板を発見。しかし、周囲を見渡してもリュウキュウマツが生えた小高い丘の上に戦没者の慰霊碑が建っているだけで、それらしきコンクリート製の小屋はない。

慰霊碑のそばにあるのかと思い、丘を登りかけたところで草木に覆われた物体を発見。

近寄って初めてこれが龕屋だとわかった。ふむ、みごとなカムフラージュだ。
村役場裏の緑地を抜けてしばらく歩いたところで「宜野座のガン屋」の説明板を発見。しかし、周囲を見渡してもリュウキュウマツが生えた小高い丘の上に戦没者の慰霊碑が建っているだけで、それらしきコンクリート製の小屋はない。
慰霊碑のそばにあるのかと思い、丘を登りかけたところで草木に覆われた物体を発見。
近寄って初めてこれが龕屋だとわかった。ふむ、みごとなカムフラージュだ。
2007年09月02日
漢那ドライブインレストランで遅い昼食
2007年09月02日
2007年09月02日
宜野座高校横で
2007年09月02日
2007年09月02日
宜野座村文化センター到着
2007年09月01日
とんかつ太郎小禄バイパス店で
特選ヒレかつ定食(1,450円)。おいしうございました。
コザミュージックタウンを出た後、妻の要望でTOMITONへ向かった。その途中、石平交差点辺りでポツリポツリ降っていた雨が喜友名の坂を下り始めて間もなく豪雨に変わった。一向に雨足が衰えない中をノロノロ進んでいると、牧港から港川付近までの国道58号線は川になっていて、更に渋滞が激しくなった。側溝から水が噴き上がり、大粒の雨が愛車の屋根を激しく叩き続ける。私の直前を走っているレンタカーが無闇やたらとブレーキを踏む。
伊佐交差点で58号線に合流してからスモールライトをつけていたが、これだけでは不安になるほど視界が悪くなってきたのでヘッドライトを点灯。城間を過ぎると車の流れはややスムーズになった。南西の空が明るい。屋富祖付近ではまだ大粒の雨が降っているものの、日が射してきたのでヘッドライトを消した。宮城を過ぎて仲西に入ったら雨は急に小降りになった。反対車線は大渋滞。北向けに車を走らせているドライバーは、約3km先の58号線が川と化しているだなんて夢にも思わないだろう。
妻はコザを出てからほぼ眠りっぱなしだが、時々目を覚ましては「私、眠ってなんかないよ」とでも言いたげに「渋滞してるね」「雨すごいね」などと、短い言葉を発してはまたすぐに船を漕ぎ始める。今度、妻が目を覚ましたら「もう那覇からチービシくらいのまでの距離はサバニ漕いだな」と皮肉の1つでも言おう言おうと思っているが、怖くて口に出せない。
左手に新都心が見えてきた頃には雨が上がり、旭橋辺りでは既に道路が乾き始めている。明治橋を渡ってしばらくすると、雨が降った形跡さえない。雨が早く上がって道路が乾ききったのか、元々降らなかったのかはわからないが、ともかく豊崎で車を降りた時に雨が降っていなかったのはラッキーだった。
さて、TOMITONでのお目当てはもちろんマイキッチンだ。他のテナントには目もくれずマイキッチンへ直行し、妻に先んじて入口に積まれている買物籠をひょいと掴み、張り切って店内に突入。人混みを縫うように店内を一周したのだが…えっ?何かフツーのスーパーじゃない?前宣伝を見て【マイキッチンは、青山の紀ノ国屋or広尾の明治屋ストアーみたいだはず】と想像していたのだが、よく考えてみれば誰もそんなことは言っていない。「そうか、あんな感じじゃなかったのか…」と完全なる自分の思い込みを反省しつつ空の買物籠を入口に戻し、ちょっと背中を丸めて他のテナントも覗いてみたけれど、ショックが大きかったせいか、マイキッチンを出た後のことはあまり印象に残っていない。
TOMITONを出てとんかつ太郎小禄バイパス店に到着したのは19:00前でウェイティングを覚悟したのだが、店内はガラガラ。いつもなら客であふれ返っている時間帯なのに。ウェイトレス諸嬢が3〜4人、カウンターの前で待機している。とんかつ太郎でこの時間にこのような光景を見るのは初めてだった。また、食後に行ったジャスコ那覇店も閑散としていた。きっと、大勢の人がマイキッチンで買い物をして、TOMITONかあしびなーで食事をしているのだろう。豊崎地区恐るべし。
2007年09月01日
2007年09月01日
2007年09月01日
うるま市エイサーまつりを
観に行くつもりだったが、予定を急遽変更して琉冰でぜんざいを食べることにした。
14:20うるま市エイサーまつり会場のうるま市与那城総合運動公園陸上競技場に到着。開演の1時間以上前に会場へ着いたのは、早めに駐車場のいい場所を確保しておこうという目論見からだった。陸上競技場のメインゲート前に立っているスタッフに最寄りの駐車場を訊いたら、丁寧に「真っ直ぐ行って次の角を左に曲がって下さい」と教えてくれたのでそれに従う。しかし、その道は既に赤いコーンで封鎖されていた。もう1本先の道かなとそのまま車を走らせたが「エイサーなんか観なくていいや」と急に熱が冷めてしまった。
こんなことなら那覇市歴史博物館のギャラリートークを聴きに行けばよかったなと思いつつ「帰るか」と誰に言うでもなく呟いたら、助手席の妻が少し困惑したような空気を感じたので「琉冰でぜんざい食べるか」と言い直した。しかし、日頃「私は那覇生まれだからエイサーには興味がない」と豪語して「一万人のエイサー踊り隊」のプレイベントが行われていたパレットくもじ前広場を素通りした妻が、私と一緒にうるま市までエイサーを観に行くと言った時の方がよほど困惑ものだった。妻は私の単独行動を警戒しているのだろうか。もし、そうだとしたら何故なのか。よくわからない。
おんなの駅へ向かっている途中、この日の朝から洟をすすっている妻に薬を買わせるためサンエー与勝シティに寄った。再出発後しばらくして妻は「薬を飲んだせいかな、眠い」と何度か言い訳するように繰り返したかと思ったら、たちまち船を漕ぎ始めた。私は「ふん、薬を飲まなくても食後はニーブイするくせに」と心の中で悪態をつき「牛にな〜れ〜、牛にな〜れ〜」と呪文を唱えたが、昼食を済ませてから2時間以上経過していたせいか、妻は牛に化けなかった。


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しらせTシャツ(1,500円)としらせ手拭い(700円)。
天気も好いし最高。














